アディダスのビジネスメソッド

アディダスのビジネスメソッド

製品デザインに対するドイツ企業の斬新なアプローチ

エコノミスト


 

10年前、スポーツウェアメーカーは、かつてない機能性と近未来的なデザインを製品に詰め込むことに躍起になっていた。消費者は、技術的な機能性を重視してトレーニングシューズを購入しているのだと思い込んでいたからだ。しかし2004年、アディダスで現スポーツウェア担当クリエイティブディレクターを務めるジェームス・カーンズは、この概念を疑問視していたデンマーク人コンサルタントのミケル・ラスムッセンとオスロで開催された会議で出会う。「スマートフォンには70を超える機能が備わっているが、消費者が実際に必要だと思って使っているのは20程度だ」とラスムッセンは言った。

 

この考えにカーンズが惹かれたことをきっかけに、アディダスは、コペンハーゲンでラスムッセンが共同設立した小さなコンサルタント会社「ReD」と10年近く提携関係を築くこととなる。過去10年間、アディダスの売上高と株価は、同じ町で設立したライバル企業であるプーマを大きく引き離し、スポーツウェアの世界的リーダーである米国企業ナイキと並んで着実に成長してきた(図表参照)。 アディダスとプーマは、いずれもドイツバイエルン州ヘルツォーゲンアウラハを拠点とする会社で、仲違いをしたアディ・ダスラー(アディダスの名前の由来)とその兄のルドルフ (プーマ)がそれぞれ設立したものである。

2位の座を堅持

収益(単位:10億ドル)

ナイキ*

アディダス

プーマ


出典: カンパニーレポート、ブルームバーグ

*会計年度末5月31日

ナイキの大胆なマーケティング手法は、有名スポーツ選手に高額の小切手を渡して商品の宣伝をするというのが通例だ。売上高に占める広告宣伝費の割合でナイキを超えるプーマは、スポーツ用ではないカジュアルウェアに力を入れている。その売上げは確かに伸びているが主要ライバルには遠く及ばない。アディダスは、上記2社に比べ、売上高に占める広告宣伝費の支出を抑えた控えめなアプローチを採用。売上の約3分の1は 「ライフスタイル」 商品で支えられているが、コアとなる商品は依然としてスポーツウェアだ。

利益率の厳しいビジネスで成功するために、アディダスはビジネスの基本に忠実に従う必要があった。例えば、コスト削減のため、競合他社と同じく生産は外部に委託しているが、その一方で、アメリカのラッパーの歌詞の中に登場するようなスマートな商品をReDの支援で制作。今では著名なデザイナーからプロジェクト協力への申し出が舞い込んでくる。カーンズは、「すべてに広く影響をもたらしてくれる」 とReDの研究者の貢献に太鼓判を押す。

ReDが採用するメソッドはとても興味深い。主に人類学者や民族学者などの元学者を雇い、消費者が商品を購入する動機について詳しく研究しているのだ。その一環として、基本的なテクニックを伝授した上で、消費者と24時間共に過ごすようアディダスのデザインチームを派遣。一緒に朝食を食べたり、走ったり、ヨガをしたりすることで、運動をする時のやる気はどこから来るのかを調査した。関連するプロジェクトでは、ReDに従事する人類学博士課程の学生が、何十人もの消費者に使い捨てカメラを郵送し、運動をする動機となったものを撮影するよう依頼した。調査に協力した女性30人のうち、25人が細身の黒いドレスの写真を送ってきたとカーンズは言う。アディダスは、大半の消費者が特定のスポーツで上手くなるためにトレーニングをしていると思っていたが、実際のところ、多くの人はフィットネス自体を「スポーツ」だと捉えていたのだ。

ReDの研究者たちは、バイエルン・ミュンヘンのサッカークラブ(プロ部門及びアマチュア部門)の選手と数週間を過ごすなかで、スパイクシューズのスタッドの高さをどれくらいにすべきかを尋ねるのではなく、何がサッカー選手の10年後の成功を左右すると思うか、という質問をした。そこで判明したのは、欧州のトップクラブはあらゆる必須技術を選手に教える術を熟知しているということだ。逆に選手に教えることができず、訓練からもわずかな効果しか期待できないのは「スピード」だった。そこでアディダスは、トラックシューズの1つを非常に軽量なスパイクシューズに改良。2010年にリリースされると瞬く間にヒットし、その年のワールドカップでは同スパイクを履いた選手がダントツで最多得点を記録した。

消費者との親密な調査は、美的デザインにも影響を与えている。アディダスは、昨年のロンドン五輪にて開催国である英国代表チームのユニフォーム制作を担当した。ReDは、英国人は、愛国心があるにもかかわらず、王室や2階建てバスのような伝統的な英国のイメージにはあまり心を動かされないことが判明。そこでアディダスとReDは、選手団のデザイナー務めたステラ・マッカートニーに「伝統的ではない英国人」 をイメージするよう依頼。イギリス国旗の青・白・赤のうち、赤を使用したのはウェアの縁取り、シューズ、ソックスのみ。ユニオンジャックとわからないほど国旗を拡大表示したデザインをシャツに採用して話題を呼んだ。当初の批判にもかかわらず、それは商業的にヒットしている。

国民性に関する同様の研究は、来年のサッカーワールドカップのユニフォーム制作においても採用されている。ロシア人が何を誇りに思っているかについてインタビューされた際、回答として挙がったのはドストエフスキー、第二次世界大戦、そして宇宙開発競争への勝利など。「1970年以降の話をした人はいなかった」 とカーンズは言う。そのため、ロシアのユニフォームには、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンの地球軌道からの眺めを象徴する曲線が採用される。

アディダスは、2014年にサッカー部門だけで20億ユーロ (27億ドル) と、前回のワールドカップ開催年である2010年の15億ユーロを超える野心的な売上目標を掲げている。全社的に2015年までに売上高170億ユーロを達成し、同時に営業利益率を (現在の8%から)11%まで増加することを目指している。アディダスのビジネスメソッドには奇抜なものもあるが、株式アナリストはその効果は持続すると見込んでいるようだ。ロイターがアナリスト34人を対象に実施した最近の調査では、同社の株式の売り推奨をした者はおらず、25人が 「買い」 または 「アウトパフォーム」 と評価している。

アディダスは2006年にスポーツウェア会社リーボックを買収しているが、再建に予想以上の時間を費やしており、同社にしては珍しい失策となった。HSBCのアナリストであるアーワン・ランバーグによると、アディダスが直面する主なリスクは、米国と中国の市場シェア獲得に向けた多額の資金投入が報われないことだという。ユーロ高も別のリスクだ。しかし、アディダスのファンの多くは、その継続的な献身と製品研究への斬新なアプローチが、こうした障害を乗り越えるのに役立つはずだと確信している。

本稿は、エコノミストに掲載。


 
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