戦略を1000語で紹介 – ロジャー・マーティン

戦略を1000語で紹介 – ロジャー・マーティン

ロジャー・マーティン✕イアゴ・ストガードおよびフィリップ・ラウ(ReD Associates パートナー)の対談


ロジャー・マーティン教授(ROGER MARTIN)

執筆家および戦略アドバイザー。2017年に世界で最も優れた経営思想家に選ばれる。トロント大学(カナダ)ロットマン経営大学院学長、マーティンプロスペリティインスティチュート所長を務めた経歴を持つ。

 

RED ASSOCIATES

ReDは、人文科学と社会科学を基盤とする戦略コンサルタント企業。未来の世界に向けた独自の戦略構築にてビジネスリーダーを支援。2005年創設以来、グローバル企業や財団、経営幹部、取締役会との連携を通じ、企業戦略、成長イニシアチブ、製品、販売、マーケティング、研究開発の各分野に有意義な変化をもたらしてきた。



第I部

戦略の現状

 

第II部

戦略構築の秘訣

 

第III部

未来のCEOに向けた戦略枠組み

 

第IV部

ヒューマンスケール戦略



第I部

戦略の現状

 

「戦略」という言葉は、組織のあらゆる活動に紐付けられるようになりました。人事計画、連絡スケジュール、営業チームの効率化に「戦略」という言葉を加えるだけで、それが一際輝く重要事項で「プランは万全」という雰囲気が生まれます。今やあらゆるものを包括する言葉になってしまい、戦略と戦略的計画を混同する企業も多く見受けられるようになりました。「戦略を1000語で紹介(Strategy In 1,000 Words)」シリーズの第1回目では、世界的な戦略専門家であるロジャー・マーティン氏に、戦略とは何か、それがいかに誤用されているのか、真の戦略を実行に移すことがなぜ困難なのかについてご説明いただきます。

ReD ASSOCIATES 戦略は、様々に解釈されて誤解されることが多々ありますが、ご自身にとっての戦略の定義はどのようなものでしょう?

ロジャー・マーティン氏 まず最初に言えるのは、戦略は「選択」だということです。相性が良く相互に強化し合える様々な選択が組み合わさったものですね。競争の場で戦略を実践する企業は、最適な場所に自らを位置づけることができます。それが戦略です。良い結果を生み出すための選択です。

ReD とても簡単そうに聞こえますが、当社の調査によると、実社会で戦略はそのように使用されていないようです。

ロジャー 私も同じような見解なのですが、実は少数派の意見なのです。戦略に対する多数派の意見は、「戦略とは計画することである」という、いわゆるテクノクラート(技術官僚)の考え方です。 戦略が「戦略的計画」と呼ばれる所以でもあります。暗に了解されている最も一般的な戦略の定義は、「計画して実行するイニシアチブの合理的なリスト」です。例えば、「当社の戦略的計画では、この8つのイニシアチブを実施します。それが当社の戦略です」といった具合です。通常、こうしたイニシアチブは「新しい工場を建設する、営業を増員する、またはアジアに進出する」など、とても合理的なものです。しかし、それらを総合して事業が必ずしも上手くいくとは限りません。実際のところ、これで会社の業績が極めて悪化するということもよく見受けられます。すると、「戦略的な計画を立てたのに、意外にもうちの会社は上手くいっていない」と誰もが口を揃えるのです。そのようなことを言う人は、計画さえあれば順調に事が進むと確信している典型的なテクノクラートなんですね。

「戦略に対する多数派の意見は、「戦略とは計画することである」という、いわゆるテクノクラート(技術官僚)の考え方です。」

ReD なぜこのような状況になったのでしょう?

ロジャー 特定の成果を達成するために、各イニシアチブがどのように繋がり合っているかは計画に明示されない、というのが重要ポイントです。戦略の本質は、自分がコントロールできないものを自分の思い通りに動くように強いるという点にあります。ちょっと考えてみてください。企業は何をコントロールできるでしょう?社員の雇用数、資本の投入額、製品の販売場所、こうしたことはコントロールできますね。それでは、何をコントロールできないか?それは、お客様です。戦略とは、企業がコントロールできない対象、つまり顧客に、自社製品やサービスを買うことは最善の選択ですよ、と思ってもらう手段なのです。

「ほとんどのケースで戦略的計画が忠実かつ厳密に実行されるのはそのためで、こうした計画の大半に真の価値などないのです。」

ReD こうした包括的な見方が度外視されがちなのはどうしてでしょう?

ロジャー 単に難しいからです。個々のイニシアチブを計画する方が遥かに簡単です。戦略的計画を読むことはお勧めしますし、「なんてくだらない内容だ」と思うようなことはほとんど書かれていないでしょう。合理的な内容を計画するのは簡単なんです。経済学者なら「他の条件が同じなら工場を建設するのが賢明だ。他の条件が同じなら営業スタッフを200人追加するのが賢明だ」と言えるでしょう。ですが、「生産システムでこれを実施して、流通システムでこれを実施して、広告でこれを実施すると、総合的に競合他社に対して有利な立場に立つことができます」と言うのはずっと難しい。これは遥かに創造的な行為で、その成果を事前に証明することはできません。「これを実践すれば、お客様が来てくれると確信しています」としか言えないのです。「信頼に基づく賭け」のようなもので、テクノクラートにとってこのような盲目な行動ほど恐ろしいものはありません。彼らにとっては成功の保証が大事です。ほとんどのケースで戦略的計画が忠実かつ厳密に実行されるのはそのためで、こうした計画の大半に真の価値などないのです。

ReD テクノクラートではない人とはどのような人でしょう?

ロジャー 大企業であろうとなかろうと、起業家精神に富んだCEOですね。テクノクラートは、「この工場を建てて、これやあれをやってみました」という風に、実行内容に対する責任を重視します。逆に、起業家精神の強い人ほど「この結果を生み出すために、これら全てを実行しました」と、結果に対する責任を重視します。ですが現代のビジネス界では、前者よりも後者の方が個人的なキャリアのリスクが大きい。取締役会で承認された各イニシアチブを組み合わせた戦略計画を立て、すべて計画通りに実行したけれど結果が上手くいかなかったという場合、それは誰の責任でしょう?戦略計画を提案した人ではなく、戦略的計画を承認した取締役会を非難しますね。そうではなく、「これら全て実行したら、総合的にこの結果を生み出せると思います」という戦略を取締役会に持っていって、その戦略が間違っていたら、あなた個人の判断ミスだと非難されるでしょう。だからこそ、適切な戦略を立てるのは難しいのです。


第II部 

戦略構築の秘訣

 過去10~20年で、「顧客志向」は大半の企業にとって常識となりました。しかし、この姿勢は経営陣レベルの企業戦略にどの程度浸透しているのでしょうか。世界的な戦略家であるロジャー・マーティン氏は、顧客を深く理解することが戦略構築を成功に導く鍵であるため、顧客インサイトは組織の最高レベルに位置づけられなければならないと語っています。

「ミステリーを掘り下げるためにヒューリスティックを実践することもあるでしょう。ReD以外の人たちは、それを秘伝のソースと呼ぶのかもしれません。」

あらゆるビジネスの問題を同じアプローチで解決できるわけではない。

(左)

ミステリー(謎)

仮説なし

ヒューリスティック(経験則)

初期仮説

アルゴリズム

主たる仮説

(真ん中)

不確実なレベル

- 人文科学がサポートできる領域

結果を想定できない

様々な結果を想定できる

限定的な結果を想定できる

一つの結果を想定できる

(右)

人文科学と社会科学

経営科学

ロジャー・マーティンの知識的枠組み


 

ReD ASSOCIATES 過去10~20年で企業が顧客志向になってきました。上手くやっている企業もありますが、全部というわけではありません。

ロジャー・マーティン氏 ビジネス界は顧客中心主義に大きく舵を切っていると思います。経営者が「顧客が本当に何を望んでいるのか分からない。あまり対話もなく、ただ商品を届けるだけ」と言うのは恥ずべきことです。一方で、B2Bの場合だと、まだまだ浸透していないですね。B2B企業の多くは、「個人ではなく法人との取引だから同じようにはいかない」と言っています。私は、それには根本的に賛同できません。企業は人の集合体です。B2B部門の企業にも商品を購入する人がいます。B2B企業の関係者を理解できないなら、もう運に頼るしかないでしょう。

ReD 私たちはあるパターンに気づいたんです。例えば、消費者や顧客と接点を持ちたいと思っているCEOから問い合わせがきます。彼らと契約して、実社会に連れ出し、消費者のお宅にお邪魔したりして、彼らの真意を探ろうとします。ひらめきや明確な戦略の基礎はそうやって生まれますから。ですが、しばらくすると、入手した顧客インサイトが機械に変換されるんです。突然、広告キャンペーンやパッケージデザインの分析をしているインサイト部門が介入してきて、「顧客との深い人間関係」は蚊帳の外になります。同じ経験はありませんか?


ロジャー その通りですね。テクノクラートの影響が強いのでしょうか?これについては「Design of Business」という本を書きました。テクノクラートは、経験則をアルゴリズムに変換することで、顧客が感じていることを正確に定量化することができます。定量的測定による統計的に有意なアンケートを行って総合点を出すわけです。ですが調査項目を見て「くだらない質問だなあ」と思ってしまうので、統計的に有意でくだらない回答が返ってくるというだけだと思っています。CEOが顧客10人と対面で1時間のインタビューをするか、1万人にアンケートを配るかだったら、私は絶対に前者を選びます。この作業を市場調査会社に外注すれば、統計的に有意で偏りのないゴミが出てくるだけです。偏りがある統計的に有意でない知見か単なるゴミか、どちらがいいですか?私は絶対にゴミよりも知見を選びます。この世にあるものは何でも定量化したくだらないものに変換することができます。できるだけ多くのものを定量化したナンセンスに変える、それが現代ビジネスの実情です。

ReD これにどのように対抗していくべきでしょう?

ロジャー 業者が作ったものをクライアントに突きつけます。彼らが作った調査項目を見せて「顧客が何を10段階で評価しなければならないか見てください」と言います。とても複雑で真意を汲み取りにくい質問に対して8か7の評価を求めるようなものです。「こんな質問の回答に基づいて事業決定をしたいですか?」と尋ねると、彼らは業者に腹を立て「なぜこんな事をしているのか?」と言います。そこで私はこう答えます。「怒らないでください。これが消費者定量調査の実態です。あなたの会社は、無意味なツールを使ってゴミを回収する訓練を受けた人たちを大量に雇ったんです。ビジネススクールでこういう訓練を受けているのです。彼らを雇ったのはあなた方。何をしているのか知らなかっただけです。これを教訓にしましょう。組織内でどのように知見を生み出すべきかをきちんと把握しましょう」

ReD  当社のスタッフの多くは、ビジネススクール出身ではなく、人文科学や社会科学の出身が多いんです。

ロジャー それは良いことです。ReDは、アイデアの創造は「ミステリー(謎)」の領域ではなく、「ヒューリスティック(経験則)」の領域であるという事実を前提としている企業だと思います。アルゴリズムでもなくて、5つのステップを実行すれば必ず創造的な答えが得られるという考え方ではありません。創造的な答えの出る可能性の高いことをやってみようという思考です。どんな状況でも、ReDの皆さんは「ミステリー」から始めると思いますが、「ミステリー」を掘り下げるために「ヒューリスティック」を実践しています。ReD以外の人たちは、それを「秘伝のソース」と呼ぶのかもしれません。「何をやっているのか正確には分からないけど、魔法のように必ず有意義な回答を見つけくる」という風に。きっちり成果を出していなければ、ReDはとっくの昔に消滅していたはずです。世界は、経験則を実行に移せる人を切実に求めています。多くの分野で必要とされていることです。企業が合併時にゴールドマン・サックスを雇うのは、そのプロセスを通して見てきた経験則があるからです。偉大なミュージシャンにも経験則があります。ブライアン・イーノは、人間の心臓の鼓動を曲のバックビートにすれば売れるというアルゴリズムがあると言いました。まさに秘伝のソースです。アルゴリズム的なものもありますが、人生で最も重要かつ価値のあるものの多くは経験則なのです。

「CEOが顧客10人と対面で1時間のインタビューをするか、1万人にアンケートを配るかだったら、私は絶対に前者を選びます。」

第III部

未来のCEOに向けた戦略枠組み

世界的な戦略思想家であるロジャー・マーティン氏は、戦略構築は失われた技術になりつつあると主張しています。ビジネススクールがテクノクラート(技術官僚)の教育を進めるなか、経営コンサルタント会社はプロジェクト管理業務を優先するあまり戦略的枠組みの構築をやめてしまいました。では、未来のCEOのため、次の戦略枠組みの波を作るのは誰の仕事なのでしょうか?

ReD ASSOCIATES 60年代と70年代には、「戦略コンサルティング企業」と呼ばれる、戦略コンセプトの構想を主な仕事とする企業群が存在していました。今、それが行われなくなったのはなぜでしょう?

ロジャー・マーティン氏 現在、ビジネススクールはテクノクラートを輩出していて、分析の手段として戦略ツールを教える傾向にあります。分析によって優れた戦略が生まれると思われていますが、それは違うんです。戦略を組み立てる創造的なプロセスの構成要素になることはあるかもしれませんが。現在、有意義な方法で戦略に関する訓練を受けていない数世代分のビジネススクール卒が世界に輩出されています。60年代、70年代、さらに80年代には、「戦略コンサルティング企業」と呼ばれる企業群が存在し、戦略コンセプトの構想を業務としていました。ボストン・コンサルティング・グループは1963年に戦略コンサルティング業界を生み出し、戦略に役立つツールの多くを創出しました。しかし、これらの企業は、合併後の統合、間接費の削減、営業部員の再編成など、戦略よりも遥かに大きなビジネス機会が山ほどあることに気づいたのです。そのため、戦略実行に役立つテクニックを率先して生み出していた企業が戦略離れをし、プロジェクト管理を何より優先するようになりました。つまり、戦略家が自然に生まれる場所がなくなったのです。ビジネススクールで戦略家は生まれません。プランナーを輩出するだけです。戦略コンサルティング企業からも以前のような規模で生まれることもありません。これは悩ましいジレンマです。戦略を生み出せる人をどこから引っ張ってくればいいのでしょう?

ReD こうした非戦略的な活動は、戦略構築よりも価値があると思いますか?価値があるからこそ、コンサルティング業界のビジネスの大部分を占めているのでしょうか?

ロジャー 価値が高いのではなく、良く売れるんです。一般的な経営コンサルタントに電話すると、「合併後の統合のプランニングでしたらお任せください。IT部門の統合でも、法務部門の統合でも計画します」などと言うでしょう。それは非常に単純な作業なのです。同じようなことを過去に25回やっていれば、「必要なのは17のタスクフォースで、これが所要時間で、これが各タスクフォースの活動趣旨です」と提示できる。だからこそ、売りやすく、規模が大きくて、非常に分かりやすく、テクノクラートの得意分野にぴったり当てはまっているのです。本来ならば、この二社は合併すべきなのか、合併して何を達成しようとしているのか、という非常に重要な戦略面の疑問を投げかけるべきなのです。難解な戦略の問題でして、実際のところ大失敗に終わるので合併はすべきでないというのが全体の7割くらいでしょう。しかし、それは無視されがちです。一旦、合併の決定がなされると、合併後の統合を実行できるテクノクラートは山ほどいます。ちょっと考えてみてください。あなたが膨大な従業員を抱えるコンサルティング企業を運営していて、合併した会社の戦略を1000万ドルで実施するか、合併後の統合作業を2億ドルで実施するかだったら、収益目的でどちらのビジネスに関与したいと思いますか?その答えは彼らにとっては単純明快かつ簡単なものです。みんな後者を取ってしまうのです。

「哲学者はビジネスの訓練を受けた人と同じくらい戦略に長けていると思います。」

ReD これは、コンサルティングサービスの経済面と供給面に関係することですが、社会や文化的な変化とも関係があるのでしょうか?

ロジャー戦略の仕事は、非常に複雑になってきていると思います。どんな企業でも、今まで考えたこともなかったようなことを考えざるを得なくなっている。20年前には、カーボンフットプリント目標について戦略で考える企業は多くありませんでした。「この戦略的な方向に行くとして、カーボンフットプリントは悪化せずに実現できるだろうか?」というようなことを20年前に考える人はほとんどいなかったんです。

 

ReD 現在、戦略の実践、構築、開発や思考といったことは、どこで発生しているのでしょうか?

ロジャー それについては私もとても危惧しています。失われた技術になりつつあると思っています。戦略分野で有意義な対話や役に立つアイデアの考案がなされている場所は多くありません。馬鹿げた例えになりますが、人生で最も情熱を感じているものが陶芸だったとします。もし陶芸学校がすべて閉鎖したり、粘土か何かが不足したりしたら落ち込むでしょう。愛するものが失くなってしまったからです。残念ながら、私の戦略に対する想いも一緒です。戦略アカデミーもほとんど信用していません。役に立たない理論的な方向に突き進んでいっていると思います。そして現代社会では、部族のようなトライブ(共通の趣味や関心をもつ集団)が生まれていて、その集団に忠誠を誓わないと排除されるという原始的なことも起こっています。戦略アカデミーでは、戦略の概念的枠組みに忠誠を誓わなければ、その分野の仕事に就くことはできません。それはクローズドショップ制度(組合員でないと雇用されない制度)のようなもので、残念ながら非常に役に立たない仕組みだと思っています。閉鎖的である限り、内部の人間しか教職に就くことができず、内部の人間しか訓練しないという形になります。

一昔前、戦略コンサルティング企業は有意義な戦略コンセプトを生み出す真のリーダーで、戦略アカデミーからは数多くの素晴らしいものが生み出されていました。マイケル・ポーターがその良い例です。私の著書「Playing to Win」の内容も、全ては私が学者になる前に起こったことですので、戦略コンサルティング企業の成果といえます。大半が、Monitor社にいた1987年から1995年の間に生まれたものです。80年代や90年代の戦略アカデミーや戦略コンサルティング会社から出てくるものには価値がありました。今やそれが弱体化したため、戦略が失われた技術になっているのです。

 

ReD  当社では数多くの社会・政治科学者を採用しています。彼らはある種の戦略的思考を持っていますが、それは必ずしもビジネス的思考というわけではありません。戦略は、ビジネススクールや戦略コンサル会社からしか創造されないと考えていらっしゃいますか?

ロジャー 民族学、社会学、政治学出身は戦略家に十分なれると思います。文系卒はいいですね。哲学者はビジネスの訓練を受けた人と同じくらい戦略に長けていると思います。戦略構築にて創造力の果たす役割は不可欠です。アリストテレスは、1)可能性を思い描くこと、2)最も説得力のある議論ができるものを選ぶこと、の2つを実践しなければならないと言いました。あなたにも可能性があるし、私にも可能性がある。戦略の授業で教える必要があるのは、戦略家の仕事は可能性を思い描き、最も説得力のある議論ができるものを選ぶということであって、証明可能なデータが一番多いものを選ぶことではないのです。可能性を思い描き「これを良いアイデアと断定するには、何が真実である必要があるか?」と問わなければなりません。真実であるべき事柄に基づいてアイデアの優劣が決まる。これこそ創造的な行為であり、ビジネススクールで教えられていることはありません。

「現在、ビジネススクールはテクノクラートを輩出していて、分析の手段として戦略ツールを教える傾向にあります。分析によって優れた戦略が生まれると思われていますが、それは違うんです。」


第IV部

ヒューマンスケール戦略

ロックダウン後、その規模を問わず、あらゆる組織が仕事や職場に関わる新たな常識や期待に慣れようとしています。中小企業でハイブリッドワークを導入し、ワーク・ライフ・バランスを重視するのは単純なことですが、ウォルマートやアマゾンのような巨大企業はどのように取り組んでいるのでしょう。世界的な戦略思想家であるロジャー・マーティン氏に、人間味のある組織の構築、人材獲得競争に勝つ方法、そして全役職で仕事の意義と目的を持つ必要性について語っていただきました。

ReD ASSOCIATES 社会がより大きく、より複雑になり、相互に繋がり合うことで、標準化の必要性が高まるという理論があります。

 ロジャー・マーティン氏 それは私が次に出版する本のテーマです。組織の規模がどんどん大きくなっているという理論ですね。世界最大のウォルマートで見られるように、企業の規模には限界がない。そのため組織の規模と人間の規模の間に、ますます大きな乖離が生じています。規模を拡大した組織がその規模を管理するために実施していることが三つあって、そのうちの一つが先ほど話された標準化です。つまり「カスタマーサービス担当だから、給料はこれで、労働時間はこれです」というもの。二つ目は区分化で、企業がサイロ化しすぎているという不満はよく耳にします。規模に対処する方法として、財務部やマーケティング部など、組織のなかに組織を作ります。第三に従属性があります。企業が大きくなるほど、ピラミッド構造はどんどん高くなっていきます。その結果、従業員たちは、これまで以上に標準化され、これまで以上に区分化され、これまで以上に従属化された、かつてないほどの大規模な会社に所属することで、これまで以上に自身を小さく感じるようになっています。だからこそ、静かな退職が生じ、エンゲージメントスコアが下がり、大企業の中核に自分の居場所はないと感じる人がでてくるのです。これは現代の企業にとって大きな問題です。規模の拡大には様々な理由があります。規模が大きくなければ、生き残りに必要な投資を行うことができないという業界も多いでしょう。ですから、規模を拡大すべきではないと言うつもりはありませんし、標準化、区分化、従属化が悪いと言っているわけでもありません。しかし、これら三つを実施する手段によって、組織内に非人間的な環境が作り出されているのです。企業がやるべきことは、ヒューマンスケール(人間の動きや感覚に適合した規模)で戦略を実施する方法を把握し、(非人間的ではなく)人間味のある組織を育む方法を理解することだと思います。

ReD ヒューマンスケールというのは、顧客やステークホルダーとの親密さを指しているのでしょうか?それとも、もっと組織内部に関わることでしょうか?

ロジャー 私が言うヒューマンスケールとは、組織が異質なものではなく、人間味を感じるようなものであるということです。「人に優しい環境にいる」という感覚ですね。もし誰かに「今働いている会社は、フレンドリーで、快適で、居心地が良いですか?」と尋ねたら、正直なところ「いや、異質で、非人間的で、冷たくて、距離感がありますが、それが私の仕事ですから」という返答が来るでしょう。「人間味のある場所とはどこですか?」と尋ねたら、「ああ、ブリッジクラブ、教会やシナゴーグ、モスク、子供のバレエ教室に行くときに人間味を感じる」などと言われるのではないでしょうか。人間として快適に感じる場所とそうでない場所という対照的な状況がたくさん生み出されているんです。そして、自分の働いている会社が人間にとって快適でないというケースが増えています。

「私が断固として反対しているのは、トップの人たちが戦略を選択し、それを他の人たちが実行しなければならないという考え方です。」

ReD ヒューマンスケール戦略で考慮すべきことは何でしょう?

ロジャー  知識経済では、組織は知識労働者を必要とします。ピーター・ドラッカーが知識労働者について言ったことを思い出してください。「知的労働者はボランティアとして取り扱うべきだ。彼らは組織の目的のために人生の一部を自発的に差し出しているのだから」と。今の時代、企業は知識労働者で溢れており、その時間を企業に提供してもらう必要があります。彼らが自発的に働きたいと思うような働き方や組織化の手段が必要です。私が思うに、(彼らが明確に説明できないとしても)労働者にとっての大きなやりがいは、人間味ある組織で働くということだと思います。人材獲得競争は、人間味のある組織とそうでない組織の間での競争になります。その戦いに勝つのは、組織の規模を利用して中小企業よりも優れた製品やサービスを提供でき、「自分の会社は人間味があり、快適で、温かみを感じる」と従業員に言ってもらえるよう社内で標準化、区分化、従属化を実現した企業だと思っています。

 

ReD  労働者を従業員ではなく「ボランティア」と呼ぶという話がありましたが、当社にも、組織にもっと人を関与させていきたいと強く願っているクライアントがいます。それはビジネスの発展の様々な部分に関連し、戦略にも繋がることだと思っています。一方で、そこにはある程度のジレンマや妥協も絡んできます。少なくとも当社の経験では、従業員4000人を巻き込んでボトムアップで戦略を共創するのは簡単なことではありません。でも、それを実現したいという願望はあるんです。戦略の点でいうと、このようなトップダウン、ボトムアップの共創などについてどのようにお考えでしょうか。

ロジャー これは頻繁に尋ねられる質問です。戦略は上から来て下に向かって進むべきか、それとも下から来て上に向かって進むべきか。私としては「それは行ったり来たりするべきです」という煮え切らない返答しかできないのです。私は、戦略に関しては完全な平等論者ではありません。組織の各レベルにいる全社員が、自分に任された選択をすべきだと思います。私が断固として反対しているのは、トップの人たちが戦略を決めて、それを他の人たちが実行しなければならないという考え方です。

 

ReDの「Phenomena」ポッドキャスト

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